クソログ

強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない

自己肯定感が低いと幸福になりにくい

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けんすう・・だっけ?自己肯定感が低くても、自分のことが嫌いでも幸福にはなれる?ふかしこいてんじゃねえぞって思った。自己肯定感が低くても幸せになれる?俺はそうは思わない。少なくとも自己肯定感が低いと幸せになりにくいのは間違いない。

自己肯定感が高いとはどういうことか。これは、無条件で自分の存在を肯定できているっていう状態。無条件で自分の存在を肯定できないとどうなるか。条件付きの自分しか肯定できなくなる。すなわち、他人に認められている自分、他人から評価されている自分しか肯定できなくなる。必要以上に人の顔色を窺ったり、人からの頼みごとを断れなかったり、期待に応えるために頑張りすぎて燃え尽きたり、目の前の人に承認してもらおうとして自己主張ができなかったり、自己肯定感が低いことに起因する問題は非常に多い。結果生きづらくなる。それが幸福とは俺には到底思えない。

それらを補ってあまりある、才能と金があればそりゃあ幸せにもなれるのかもしれんが、それが無い人間はどうすればいい?仮に才能と金があったとしても、自己肯定感が低いと今度はそれを失うかもしれない不安に苛まれ続ける。なぜなら自己肯定感の低い人間はそれらを失ってしまうと自分には何もないと感じてしまうからだ。

あるがままの自分を愛せないと、あるがままの自分では愛されないと不安になる。あるがままでは愛されないから、無理をして愛されるような自分にならなくてはいけないと思ってしまう。人から認められないと、自分を認めることができない。自分自身を認めるために他人に認められなければならない、という思い込みがあるとどこまでいっても自分を認めることはできない。何かがあれば幸せになれて、何かがなければ幸せになれない。そんな状態は依存、もしくは執着であり、何かに依存していては幸せにはなれない。

自己肯定感とはあるがままの自分を肯定できるということである。何かができるから、自分を肯定できるとか、何かができないから自分を肯定できないといったものではない。自分をまわりに認めてもらうためには、もっとお金を稼げる人にならなければいけないとか、もっと成功しなければいけないとか、もっと成績がよくならなければいけないとか、もっと可愛くなければいけないとか、もっともっとが際限なく続いていく。認めてもらいたいがゆえに、理想の自分を夢見て頑張るが、どこまでいっても満足できない。
もう一度言う。自己肯定感とはあるがままの自分で大丈夫だと思える感覚のことである。何かを成功させたり、何かの能力に優れているから自己肯定感が強くなるわけではない。自己肯定感が弱いと自分にOKをだすことができない。だから他人に肯定してもらいたいくなる。人から頼まれるとなかなか断れず、人に迷惑をかけられないと考えて全部自分でしょい込んでしまう。どんなに頑張っても自分は大丈夫だという感覚がないので、心は満たされない。一方、自己肯定感が強ければ多少嫌なことがあっても「ま、いいか」と思えるのでストレスやプレッシャーに負けずに前向きに生きることができる。
自己肯定感が弱い人が安心して生きていくためには、自分であるがままの自分を肯定するしか道はない。