クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

一切皆苦

konnoe.hatenablog.com


幸福が手に入らないことは苦しみである。
手にした大きな幸福がいつか必ず失われる運命にあることは苦しみである。


人は人生を与えられるが、その地球という空間の中で必ず死ななくてはならない。死の無い世界に行くことができない。
生きるということは緩慢な死である。したがって人は皆、手にした幸福を手放さなければならない死刑囚である。
未だにこの世界には、我欲の追求という考えが根強く残っていて、「人生夢の如し」という意識は死ぬ間際にしか得られない。なぜ、人は死の間際にならなければ人生が夢の如しだということに気づけないのだろうか。
それは人は自分というものに過剰に執着し、自分を過剰に愛しているからである。自分を愛するという中に、気づかないうちに「自分は特別だ」という想いがあるからである。
毎日、公道で多くの人が死んでいることがわかっていても、自分も同様に死んでしまうことがあるという印象を強く抱けない。自分と他人は別で、あたかも自分はあのように死んでしまうことはないと思っており、それだけにとどまらず、どこかで自分はこのままずっと生き続けるのではないかと思っているものである。
毎日、日本の中で、数千人という人間が今も死んでいる。今も病気になり、今も老いているわけである。しかし、我々はそうした他人と自分を結びつけることが出来ない。他人に起こる苦しみや無常は自分自身にも起こるものなのに自分にだけは起こらないと根拠も無く思い込んでいる。

それは、自分の特別視が気づかずに起こってしまっているからである。自分だけ幸運でありたい、と人は思っているが、それが出てくると夢を夢と見ることができなくなる。しかし、多く人が死んでいってるつながりを意識すれば、根拠のない自分だけを特別に愛そうとする意識は醒めていって落ち着いた心が出てくる。

この世は自分の思い通りにはならず、苦しく不満なものである。