クソログ

強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない

金があればモテるのか

圧倒的な財力により、数えきれないほどの女性と関係を持った紀州のドンファン。だが、金の力なくして彼自身のことを愛した人がどれだけいただろうか。
男は金があればモテるとよく言われる。それは、金そのものの力もそうであるが、それを手にすることが出来る社会的地位や権力だったり、金や仕事による成功からくる自信だったりすると言われる。

では金があれば本当にモテるのか。結論はノーである。金があってもモテない人というのは存在する。確かに、女性は自信のある男が好きである。でも、その「自信」
とは経済的成功や仕事での成功から形成される自信とは全く異質な「自信」なのである。
では、その「自信」とは何か。それは「自分が女性から肯定されたことがある」という自信である。女性が好む自信とはこの自信であり、この自信に欠けた男というのはどれだけ経済的に成功していようと、どれだけ仕事で成功したことで自信をつけようと、全くモテない。

そして、俺はこれまでの経験の中で、モテる人にはある一定の習慣があることに気づいた。その習慣とは何か。それは「運動」である。体を動かさない人というのは、体を動かしている人よりも、モテないということに気づいたのである。

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なぜ、スポーツ・運動をする男がモテるのか。それは運動により筋肉を刺激したり、競争に勝つことが、モテホルモンであるテストステロンを高めるからである。それに、運動をすれば身体的魅力だけでなく、セロトニンなども分泌されて精神の安定にも繋がる。

現代人の身体や精神の大部分は、石器時代に形作られたものだ。とりわけ「何となく」とか「フィーリング」とか言われる一瞬の判断は、今も石器人の脳ミソが行っている。
石器時代を生きるご先祖様たちはいつもお腹を空かせていて、病気になればすぐに死んで、野山をうろつく大型肉食獣に出くわせば食われたし、他部族の男に捕まれば男なら殺され女ならレイプされ、ひどい時は食肉として食われたりもした。常に他部族との間に戦争があって殺し殺されしてた訳で、とかく人の命の軽い時代だった。石器時代は暴力が支配する世、暴力に怯える世であった。

ゆえに腕力に劣る女性の立場は、現代よりずっと低いものだったと考えられる。一人で外を歩けばライオンに食われるし、ストーカー男に追い掛け回されレイプされるしで、誰かに守って貰わないと命をつなぐのもおぼつかない弱者の立場を強いられていた。よって、女にとって自分のボディガードをしてくれる男を見出し、固い絆を結ぶ事は、生存戦略上の重要課題であったに違いない。男は、女を警護してライオンと闘いストーカー男を撃退する(時に、自分が女の身代わりに死ぬ)。それと引き換えに、食事、洗濯、その他家事労働で女を使役しても良い互助契約を結んだ。「は?家事がダルい?嫌なら出て行けば?」と男に言われれば、女は従うしかない。サバンナに放り出されてライオンに食われるよりマシだったからだ。

女の石器人の直感が教えるところによると、小娘相手にへこへこ迎合し下手に出ざるを得ない男は、どこかに欠陥を抱えているんじゃないか、本来男はもっと自信満々に女を守ってやる対象として扱うはずだから、こいつは何かおかしい、だいいち目の前のオドオドしたこいつはいざライオンと闘うという時に動物相手に命乞いしかねない奴かもしれない、闘争心の欠片も無さそうだしな、やっぱナシだわ!気持ち悪っ!となる。

女の心は、男が傍らに侍り守ってくれている実感が無いと、精神が安定しない仕掛けになっている。外敵に対する漠然とした怯えが、遺伝子に深く刻まれてる。『食われる側』の生き物が持つ恐怖心が、男の絆とその保護を強く求めているのである。

運動神経に優れているということや、身体的に魅力であることは、巧みに外敵から身を守り、狩猟を行うことができることの象徴である。
確かに現代社会は石器時代ではないが、我々人間の好き嫌いを決める判断の脳みそというのは石器時代とほとんど変わっていない。
男が美人の裸をみれば自然とおったてるように、女も遺伝的に優れているものに惹かれるのは当然であり、それに対して、阿保だのなんだのと指摘するのは野暮というものである。いわば、女がスポーツ選手を追っかるのは、男が女のアイドルのおっかけまわすのと同じようなものだ。