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愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

みやもさんへの批判は本当に嫉妬からくるものなのか

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みやもさんが絵画を選択したのは、絵画がごまかしが効きそうな分野だったこと、長期的な努力が不要だったこと、この2点に尽きるのではないだろうか。

実際そのとおりで、絵について何も知らない素人が相手なら、技術はないけれど味があるとか、下手だけれど訴えかけてくるものがあるとか、そういうごまかしで絵が売れたのも事実である。

素人から見ればただの落書きにしか見えない絵にとてつもない値段がついたりすることがある。それは絵が下手でも自分の描いたものに価値を持たせることができるのではないかという錯覚に陥らせる。下手でもいいなら、成果がすぐに得られて長期的な努力もいらない。事実、みやもさんの描いた絵はほとんど1日で描かれている。

ごまかしが効くこと。すぐに成果が見えて長期的な努力が不要なことはみやもさんにとって重要である。なぜなら、みやもさんにとって絵画は自分が成り上がるための手段に過ぎないからである。自分が成り上がることができれば絵画じゃなくてもいい。これはラッパーをすぐに諦めたり、みやもさん自身も絵が駄目なら、他のことを模索するみたいなことを言っているので、改めて説明の必要はないだろう。30歳を過ぎて絵を描きはじめたことからもわかるように、元々昔から絵で勝負しようと思っていたわけではなく、成り上がる上で、絵画がごまかしが効きそうな分野だったこと、長期的な努力が不要だったことだったから、消去法的に絵画の分野を選択したのである。

端的に言ってしまえば、絵なら下手でも勝負できると舐めているのだ。なぜ漫画ではなく絵を選んだのか?下手でもすぐに完成できるからである。なぜ小説ではなく絵を選んだのか?絵なら下手でもいいといったごまかしや、厳密さへの甘えが許されるからである。
それは長い間絵画について学んだことがある人、昔から絵を描き続けている人にしてみれば絵を描くということに対して、きわめて不誠実に映るのではないだろうか。絵の基礎を学び、何年も描き続けた人に、そういったごまかしはきかない。彼らの、みやもさんに対する感情は嫉妬ではなく怒りではないかと思う。あるいは憐れみではないかと思う。

これまで、みやもさんはいろんなことから撤退してきた。おそらくみやもさんは長期的な努力ができない人なのだと思う。どんな分野でも、モノになるにはある程度の時間や労力がかかる。マシュマロ・テストをご存知だろうか。将来のより大きな成果のために、自己の衝動や感情をコントロールし、目先の欲求を辛抱する能力を測る実験である。
大きな成果や報酬を得るには、目先の欲求をコントロールする必要がある。それができないといろんなことに手を出しては撤退し続ける人生になる。
簡単に得られる成果は、見る人が見ればわかりますし、やはりそれだけの価値しかないんです。