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愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

なんだかんでコミュニケーション能力

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なんだかんだで結局は世の中コミュニケーション能力だよな、と思う。金はなくてもコミュニケーション能力が高ければ最悪、餓死はしない。一方、コミュニケーション能力のない人間は、金が稼げなければ、生活保護すら申請できず餓死する運命にある。

よっぽど、何か特別な才能が無い限り、コミュニケーション能力が低いとどんどん居心地の悪い場所に追いやられていく。俺にもう少しコミュニケーション能力があれば、もう少し所得も増えただろうし、うまく生きることができたんじゃないか、と思う。

元々のコミュニケーション能力が低いと、コミュニケーションによる失敗や苦しみから、だんだん人とコミュニケーションをとることを避けるようになる。仕事も、高いコミュニケーション能力を必要とする職業は選択しなくなる。だから、いつまで経ってもコミュニケーション能力が養われず、ますますコミュニケーション能力は落ちていく。
このようにして、初期値のわずかな差が、最終的に埋めることのできない格差に広がる。

企業で最も求められている能力の第一は「コミュニケーション能力」だと言われている。それについての是非はともかく、求められていることは間違いない。
かつては、コミュニケーション能力が低くても勤まる仕事はたくさんあった。でも、今はそういった仕事は少しずつ駆逐されていき、ロボットや人工知能などの大頭で、コミュニケーションを必要としない仕事はこの先、そういったものにますます代替されていく方向に進んでいくのだろう。

ただ、もし俺のコミュニケーション能力が高かったら、ブログもここまで続いていなかっただろうな、とも思う。対面での会話が得意じゃないから、文章を書くことへの動機付けが強まったともいえる。
ここ最近、いろんなことに対するモチベーションが下がっていて、ただ生きているだけという感が否めない。なんというか集中力が持たないし、それが文章を書く能力にも影響しているように思う。非常にまずい状態である。

音読を長時間すると脳の入出力の回路が強化され、コミュニケーション能力が向上する、コミュニケーション能力が劇的に改善した、と主張しているブログもちらほらある。本を読むのはそれほど苦ではないので、これを機にはじめてみることにする。

音読で本当に何か変わるのだろうか。