クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

この不完全な世界で完璧な愛を求め、それが見つかると思っていた

スポンサーリンク

www.sekaihaasobiba.com


駅でEと別れた時、Eは一度もこちらを振り返らなかった。そのEの後ろ姿が見えなくなるまで俺は立ちつくしていた。
Eは一度もこちらを振り返らなかった。
そんなことで俺はいちいち傷ついている。俺は弱い。なんでこんなにも弱すぎるのだろう。Eが俺の職業について聞いてくる。それだけで、俺は値踏みされているようで心が折れそうになる。金を稼ぐ能力に乏しい俺はEにとって無意味で無価値な存在なんだと思うと、親密な関係を築こうとする意欲を打ち砕かれる。

俺は俺がわからない。親密になりたいけど親密になりたくない。俺は矛盾している。
もしかしたら俺は精神に致命的な欠陥を抱えているのではないか。
いろいろ調べていくうちに、俺は回避性パーソナリティ障害というやつに該当するのではないかという気がしてきた。実際に診断されたわけではないが、自身の行動パターンを振り返ってみると非常に当てはまることが多いと感じるのである。

アメリカ精神医学会のDSM-IV-TRでは、以下のような診断基準がある。

基準1は、批判や拒絶に対する恐れのために、職業、学校活動を避けていること。
基準2は、好かれているという確信がないと親しい人間関係が作れない。
基準3は、親密な関係でも遠慮がちであり、親密となるには批判なしで受け入れられていると確信したり、繰り返し世話をされるということを必要とする。
基準4は、批判などに過敏であること。
基準5は、不適切という感覚や低い自尊心があるため、新しい対人関係では控えめである。
基準6は、自分が劣っていると感じている。
基準7は、新しいことに取り掛かりにくい。
以上の基準の4つ以上を満たす必要がある。


回避性パーソナリティ障害について詳しくは、こちらを参照されたい。


この世界にもしかしたら何もない自分を愛してくれる人がいるのではないかと夢想する。だけど、そんな他人が存在するわけがない。なぜ、完璧な無償の愛を求めてしまうのか。それは、おそらく、俺自身が傷つきたくないからだろう。

人に愛されたいから、街コンなどに参加し、出会いを求める。しかし不全感のために、新しい対人関係状況で制止が起こり、機会があっても自分が絶対的に好かれているという確信が得られない限り、親密な関係に至ることができない。
金と安定があれば、もしかしたら俺も愛されるかもしれない、と思う。でも、金と安定を失ったら、同時に愛も失う。金と安定だけが自分の存在価値だと思うと、金と安定があるから愛されているのだと思うと、今度は虚無感に苛まれる。だったら、最初から金も安定もいらない。だから俺は誰からも愛されない。

私の欲していたもの、全世界ではなかった。百年の名声でもなかった。タンポポの花 一輪の信頼が欲しくて、チサの葉いちまいのなぐさめが欲しくて、一生を棒に振った。