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愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだらを読んだ俺がキヨミヤコータローだったら

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もし、俺がキヨミヤコータローだったら、大学進学せずに、高校卒業すればプロ野球に入るだろう。なぜ大学進学しないかと言ったら、大学進学は美しくないからである。

なぜ、美しくないかと言ったら、これまたひどく単純な話で、大学進学は保険だからである。保険は美しくない。人生に保険をかけるのは美しくない。いや、俺のような人生において何一つ賭けるに値する才も能もない人間には保険は必要である。だが、コータローには人生を賭けるだけの才もある。能もある。高卒でプロに行って成功すれば良し、失敗したとしても、心から望む目標に自分の才と能をかけて失敗したのなら悔いなどの残ろうはずもない。駄目だったら駄目で潔く死ねばよいのだ。己の信念を貫けなかった男など、生きていても死んでいても惨めなものである。たとえ駄目でも信念を貫くことは美しい。自分の才に保険をかけることは惨めである。

もし、大学に進学し、その後プロに進んで鳴かず飛ばずのまま終わったら、死ぬに死にきれない。さいてょのように、4年間を無駄にしたと周囲に囁かれながら、「もし、あの時進学せずにプロに進んでいれば俺の人生は違ったかも...」という後悔に苛まれることだろう。だが、高卒でプロに進んで駄目なら潔く死ねる。否、死ぬ必要などない。どうしても大学に行きたければクワタやヒガシデのようにプロを経験してからでも大学には行けるのだ。

スポーツ選手の旬は短い。一流の野球選手になり偉大な記録を残すことが人生のミッションだとすれば、4年間ぬるい大学野球でお山の大将として過ごすことに何程の意味があるだろう。キミのパパと薄汚い大人たちが喜ぶだけじゃないか。熾烈を極めたプロ野球のレギュラー争いで4年間もまれるのとでは雲泥の差がある。

キヨミヤクン。キミは野球選手になりたくて、その野球選手になれるのだから、すぐに野球選手になりなさい。パパをぶん殴ってプロ入りだ。

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら

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