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愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

行動力がない人が行動力をつけるには行動するしかないという身も蓋もない事実

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僕もあまり行動力がある人間ではないので「行動しないヤツってのは、勇気がないんじゃなくて、単純に頭が悪いんだよな。」なんて言われると凹んでしまう。

一方で、行動力がある人の行動力が無い人に対するもどかしさがわからないわけではない。動かない人間は本当に動かない。
会社の同僚にKという30間近の男がいる。僕はKをよく街コンに誘う。Kは結婚願望もあり、彼女も欲しいというのだが、僕の誘いには何かと理由をつけて応じない。会社では全く出会いがないので、会社と自宅の往復で一日が終わるKが彼女をつくるには、自分から行動を起こしてそうしたイベントに参加するしかないのだが、一度たりとも誘いに応じてくれたことはない。 
もちろんKはストリートナンパなどできるようなタイプではない。ある日突然見知らぬ女性が「前から気になってたんです」などと声をかけてくる展開でも期待しているのだろうか。限りなく0に近い話だ。行動せずして彼女を獲得できる確率は皆無である。

他にも、Kはオートバイに興味があるようだったので、普通二輪免許の取得を薦めたのだが、これもやはり何かと理由をつけて行動に移さない。ちょうど同じくらいの時期に僕もオートバイに興味を持っていたので休日や仕事終わりに教習所に通って免許を取得して今では休日には遠出したりしている。

行動することの利点は良くも悪くも経験が蓄積されることだろう。
街コンに行って、金を払って女に相手にされなければ確かに傷つくが、知らない人と会話をしたり、自分の欠点を知るといった経験は少なくとも得ることはできる。やっぱり街コンなんてくだらないといった結論を出すのも、一度でも行った経験があるからこそできることである。
行動をしないと経験が得られない。経験が得られないから、ますます行動することに臆病になっていくという悪循環に陥っていく。そして、時が経てば経つほど行動できなくなっていく。

行動力が無い人というのは、おそらく幼少期に成功体験を積めなかったことや、何か挑戦することに対して肯定的な言葉を投げかけてもらえなかったことが要因にあるように思う。何をやっても失敗ばかりで、何かをするたびに否定ばかりされていれば、行動するよりも行動しない方がいいと考えるようになって当然だ。
失敗したり、恥をかいたりすることによる心理的負荷が潜在意識に刷り込まれていて、本人にもどうしようもないのだ。行動力のない人は行動力がある人の理解を超えた不安や恐怖に常に支配されている。
行動力のある人というのは行動することを誰かに認めてもらった経験をしていたり、行動することの利点を身をもって知っている人だと思う。だから行動力がある人というのは恵まれた人間だと思うし、恵まれた人間が行動力のない人間を裁くのは酷ではなかろうか。

行動しないのは楽である。失敗したり、傷ついたりするリスクが無い。だけれど、行動することでしか得られないものもあるのも事実である。
おそらく行動力は行動することでしか得られない。行動することそのものが自信になり、次の行動への原動力となるからだ。

では、行動力が無い人が行動するにはどうすればよいのだろうか。それは「最悪を想定すること」だと思う。予め最悪を想定しておくことで、失敗してもその想定内であることを知っていれば心理的な負担は軽くなる。
例えば、街コンに参加することで最悪なのは、参加費を払ったあげく、ろくに喋れず大恥かいて女から総スカンを食らうことである。最悪を想定すれば街コンで失敗しても命や財産まではとられないことはわかる。そう考えれば、試しに一回くらいは参加してもいいかと思えるものである。

老人が死を前にして後悔することで最も多いのが「挑戦しなかったこと」だという。死を前にして失うものが自分以外何もないと知ったとき、人は心の底から挑戦しておけばよかったと思えるのかもしれない。
何不自由ない生活をしているはずのKは「生きている意味がわからない」と呟いていた。何一つリスクのない安全、安穏な生活は生の実感を失わせるのかもしれない。

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