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愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

老いの苦しみを和らげるには

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とあるイケメン同僚は歳をとるのが嫌だと言っていた。歳をとれば体力は落ちるし、周囲からも馬鹿にされるから、というのが理由だそうだ。

だが、この世には歳をとることでしか得られない経験や知識もあるはずだ。
老いることは避けられない。遅かれ早かれ知力も体力も衰えていく。だから老いることの苦しみは普遍的に誰しも多かれ少なかれ持っているのだけれど、容姿に恵まれている人間というのは、よりその苦しみが大きいのかもしれない。ただ若いというだけでちやほやされその価値を認められてきた彼らにとって、年を取るということは大きな価値喪失につながるのであろう。僕は、もともと容姿には恵まれなかったから、容姿から得られるものには期待していなかったし、もっと若い頃からそうしたものと無関係の価値基準を形成するよう努めてきた。

だが、容姿に恵まれた人間というのは、何もしなくても周囲が認めてくれるから、この世界には年齢に捉われない様々な価値基準があるということになかなか気づけないのかもしれない。容姿に恵まれない人間は、若い頃からある種の葛藤がある。なんとかそれ以外で自分が生き残れる道がないか、もっと他に価値のあるものはないかと模索する。だが、容姿に恵まれた人間というのはそうした葛藤をする機会がほとんどない。故に切り替えがなかなかできない。自分の容姿に価値があることがわかっているから、容姿に対する執着も強くなる。だから端正な容姿もいずれは失われ、醜くなってしまうものだと、すんなり切り替えることができないのだ。

「周囲から馬鹿にされるから老いたくない」というのは、年配者をそんなふうにしか自分が見ていないという証でもある。自分が馬鹿にしているから、その馬鹿にしている存在になりたくない。それは結局のところ、容姿や能力でしか自分の存在価値を認められないということでもある。
老いの苦しみから逃れるという点において、やはり読書は有用ではないかと思う。歳をとっても言葉による思考は失われにくく熟成されていく。読書体験は華やかな人生モデルだけに捉われない多様な価値観を知るきっかけにもなる。

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