クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

徳がないビジネスで金を稼いでも幸せにはなれない

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そんな当たり前のことについて今日は書いていく。

どうやら、イケダハヤトがハイリスクな金融商品を紹介して、証券取引等監視委員会に通報されるなどして炎上しているようである。こういったことはこれが初めてではなく、これまでもイケダハヤトはグレーなやり方で金を稼いできた。例えば、著作権に抵触するくらい書籍の内容を大量に転載して広告収入を得たり、noteで情報商材を売ってはいけないという規約があるにも関わらず「稼ぐノウハウ」を販売したり、他人を老害だの無能だの罵り貶し、意図的に炎上を繰り返すことで金を稼いできた。

確かにこれらグレーゾーンを攻めていけば金は稼ぎやすいだろう。なぜならグレーゾーンは参入者が少ないからである。グレーゾーンはブルーオーシャンなのだ。そして、なぜ参入者が少ないかといったら、これまたシンプルな話で、グレーなやり方は他者からの承認が得られないからである。

確かにイケダハヤトはこれらグレーなやり方でたくさんの金を稼ぐことができた。だが、どれだけ金を得ても、他者からの承認だけは得られなかった。

やっぱり、妻がいてよかったです。妻がいなければ、たぶんぼくは自殺しているか、刑務所にいると思います。マジで。相当救われています。


「妻がいなければ、自分は自殺しているか刑務所にいただろう」、とイケダハヤトは言う。これを読んだとき僕は家族愛というよりも、彼が普段から主張している理想の生き方やその価値とはいったい何なのだろうと思わされた。というのも、煩わしいはずの会社や上司のしがらみもなく、自由に好きな時間に働いて、お金もたくさん稼げて、気ままな田舎暮らしを謳歌し、他人にもそれを勧めているイケダハヤト。誰よりも幸福なはずのイケダハヤト。

にもかかわらず、配偶者がいないというだけで、自殺したり、犯罪者に身を落とさねばならないとはいったいどういうことなのか。
どれだけ金をたくさん稼げても、どれだけ自由な働き方ができても、誰かを貶すことで炎上させたり、誰かが不幸になるかもしれないグレーな金儲けは他者からの承認は得られない。他者からの承認が得られない人間が幸福を感じることは難しい。

「承認欲求」などと揶揄されがちであるが、誰かから承認されることは幸福において大きなウェイトを占めている。
人間ははるか昔から共同体に帰属していることが生きる術であるという環境で暮らしていたから、家族や仲間と共にいることに幸福を感じ、他者から承認されることで幸福に感じるように進化してきた。「幸福」とはつまるところ他者から承認されることなのだ。それは現代においても何ら変わっていない。

したがって、誰からも承認を得られないやり方で自由に大金を稼いだところで、自殺したくなる人間がいてもなんら不思議ではない。
「妻がいたから自殺したり犯罪者にならずに済んでいる」というのは、イケダハヤトの妻がイケダハヤトのやっていることが正しかろうが正しくなかろうが無条件に承認してくれる母親のような存在だからだろう。

この世で一番大きな苦しみは、誰からも必要とされず、愛されていない人間の苦しみである。徳がないビジネスでいくら金を稼いでも人は幸せにはなれないのだ。