クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

貪りは幸福を遠ざける

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僕がオナ猿だった頃は、普通の映像では全く興奮できなくなっており、かなり過激なものに傾倒していた。ドーパミンに脳が蝕まれており、性的快楽に対する感受性が死んでいた。
人は快楽にはすぐになれて、だんだん現状の刺激ではもの足りなくなり、より大きな刺激を求めてしまう。例えば月給20万円の人は、それが30万円になれば、30万円貰い続けることに慣れてしまう。それが景気が悪くなったり、業績が悪くなったりして、30万円だったものが20万円に戻ると、そこに「なんで20万円しか貰えないんだ」という苦しみが生まれる。

職場に昼食にコンビニの弁当を2つ買う奴がいる。(朝飯、夜飯を抜いているわけじゃない)節約・節制のために1つだけにしようとしているようなのだけれど、弁当を2つ食う快楽に脳が慣れているので、昼食が弁当1つなのは苦痛なようで、なかなか1つにすることができないでいる。

このようにして、過剰な欲望や快楽はそれを満たすことができないと、苦しみを生むことになる。たとえ現状は満たすことができていたとしても、その快楽に脳は慣れてしまい、より大きな快楽を求めるようになる。やがて、それを満たすことができなくなったとき、より大きな苦しみが生じるのだ。

資本主義は欲望を正当化する。人は自分の欲望を満たせば満たすほど、幸福になれると信じているけれど、果たして本当にそうだろうか。欲望を過剰に満たせば満たすほど、それを満たせなくなったときに不満が生まれる。人が本当に幸福になるために必要なこと、それは「足るを知る」ことではないだろうか。

足るを知らなければ人はいつまでたっても欲望に振り回されるばかりで幸福に至るのは難しい。他と比較して、自分に無いものを嘆くのではなく、現在の自分が持っているものに目を向けて感謝することができれば心の充足、ひいては安寧を得られるのではないだろうか。