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愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

経済格差とは。ちきりんの本を読んでもちきりんにはなれない。

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今の日本は格差社会だと言われている。経済的に豊かな人間とそうでない人間の二極化が進んでいる。そして、経済格差は知能格差であるという説がある。つまり、知能の格差がそのまま経済の格差に表れている、というセンセーショナルな説である。
一言で「知能」と言ってもそこにはいろんな要素がある。ハーバード大学の心理学者ハワード・ガードナーは多重知能理論を提唱した。

1言語的知能 話しことば・書きことばへの感受性、言語学習・運用能力など

2論理数学的知能 問題を論理的に分析したり、数学的な操作をしたり、問題を科学的に究明する能力

3音楽的知能 リズムや音程・和音・音色の識別、音楽演奏や作曲・鑑賞のスキル

4身体運動的知能 体全体や身体部位を問題解決や創造のために使う能力

5空間的知能 空間のパターンを認識して操作する能力

6対人的知能 他人の意図や動機・欲求を理解して、他人とうまくやっていく能力

7内省的知能 自分自身を理解して、自己の作業モデルを用いて自分の生活を統制する能力

8博物的知能 自然や人工物の種類を識別する能力


知能検査や学校の学力テストで測れるのは、せいぜい言語的知能や論理数学的知能くらいに限定されるとガードナーは述べている。
ドラッカーはネクスト・ソサエティという本で知識社会の到来を予言した。そして、ドラッカーの予言した通り、知識集約型の産業が成長した。
知識集約型の企業が求める人材とはどんな知能を持った人か。それは「言語的知能」「論理数学的知能」「対人的知能」の3つである。入社試験に用いられるSPIなどは「言語的知能」「論理数学的知能」を問うものであり、企業の採用ページには「論理的に思考できる人」「コミュニケーションを取りながらチームで仕事を進められる人」などと見た目をかえて並んでいる。

ちきりん、ヒロユキ、カツマカズヨ、ホリエタカフミ、シミズリョウらが経済的に勝ち組になれたのは、彼らが知識社会における労働マーケットに求められている言語的知能や論理数学的知能に恵まれていたからだ。
一方、音楽的知能のそこそこある人は、会社の同僚や友人とのカラオケで持て囃され、身体運動的知能は会社や大学のサークルなどで、活躍できるといった程度で、プロとして食べていけるのはほんの一握りの人間で、ずば抜けた才能が無い限り、それだけで生計を立てることはできない。

ガードナーが述べたように、そして我々の経験則から知っているように、知能というのは多岐にわたっており、人には得意不得意があるが、労働市場は全ての知能を平等に扱うわけではなく、言語的知能や論理数学的知能といった知識社会において価値のある特定の知能しか重宝されない。これでは、格差が生まれて当然である。

では、人間は不得意な知能を伸ばすことはできるのだろうか。おそらく人間の能力というのは人から評価されることで努力することが楽しくなり、もっと評価されるという循環のなかでしか開発されない。ちきりんやホリエがシミズが学生の頃、スポーツなどに力を入れなかったのは、無意識のうちにその分野では自分の能力を最大化することができないことを知っていたからだ。能力を決めるのはまず遺伝であり、そして残りは子供集団のなかでの「キャラ確立原理」である。子供は自分が所属する集団のなかで、他人よりもできると思ったものを無意識に選択し、自分の資源を集中投下する。そうやって目立つことで異性を獲得していく仕組みは、生物としての基本OSなのだ。

だから、どれだけちきりんの本をよんでもちきりんにはなれないし、カツマカズヨの本を読んでもカツマカズヨにはなれないし、ホリエタカフミの本を読んでもホリエタカフミにはなれない。自己啓発は無意味である。
それは、空間的知能に恵まれていないちきりんがどれほど自分の頭で考えても、将棋の初心者レベルから脱却できないのと同じなのである。

では、マーケットが必要とする知能に恵まれていない人は低賃金に喘ぎ不幸に苛まれながら生きるしかないのだろうか。そんなことはない。ただ、経済的・物質的豊かさとは別の価値基準、柔軟な発想の転換が必要である。それについてはまた別の機会に述べたいと思う。

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