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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

オナ禁日数49日目 なにもない自分に小さなイチを足していく

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今日はベンチプレス60キロを連続で5回挙げることができた。腹筋ローラーの立ちコロできるようになってきたし、確実に筋肉がついてきてる感がある。


ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく


「ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく」。これを読んだ時の率直な感想は、「あんたゼロじゃないですやん」だった。

県内有数の進学校から現役で東京大学に合格できるほどのポテンシャルを持った人間が「なにもない自分」はないでしょ、っていう。才と能に加えて、東大という誰からも後ろ指ささされないバックボーンがあったから、無力感に苛まれることなくイチを足していくことができたんでしょう?、と。

では、僕のように、文字通りなにもない自分にイチを足していくにはどうすればいいのか。それはもう、筋トレである。筋肉というイチを足していくしかない。何もにない自分に小さな筋肉を足していくしかないのだ。筋トレは体さえ健康であれば誰でもできる。筋トレは誰でもできるが、誰もがしようとするわけじゃない。なざなら筋トレは辛さを伴う。故にその辛さを乗り越えて身に着けた肉体には価値がある。価値があるものを身に着ければ自信になる。小さなイチを足していくには、まず小さな自信が必要だ。そのためにはまず筋トレである。筋トレは何もいらない。自分の身一つでできる。
筋トレは誰でもできるが、筋肉は誰でも手にすることができるわけではない。秒速で10億稼ぐヨザーさんを見てもわかるように、どれだけ金があっても、それだけで筋肉を手に入れることはできないのだ。もちろん金があれば、優秀なトレーナーを雇ったり、トレーニング器具の充実した高額フィットネスジムに通うこともできるだろう。
だが、筋トレをしようとする本人の意思だけは誰も与えることができない。どれだけ金を持っていようと、肉体がだらしなければ、自己管理ができていないことを意味しており、精神の堕落が見てとれる。肉体は、その人間の精神も投影しているのだ。強靭な精神なくして、強靭な筋肉はありえない。
故に、筋肉には価値がある。鍛えることに価値はある。そして、その価値あることは誰でもすぐにはじめることができるのだ。