クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

オナ禁日数22日目

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昨日の記事にid:ikke-goshさんからコメントを頂いたので僕なりの考えを書きたいと思う。

クソログさんも自分のオティムティムにパンの日を作ってあげたら、今までにない素晴らしいウォ〇ニーができるかもしれないですね。21日我慢したからそろそろご褒美があってもいいのではないですか?

ご褒美ということはつまり、ある程度我慢したら定期的に抜いてリセットしてもいいのではないか、ということだろうか。

ジャパンではあまり取り上げられないが、オナ猿は、アルコール依存症やギャンブル依存症と同じで立派な依存症だ。依存症を根治するには、その原因となる行為を完全に断ち切らなければならない。一度でも「頑張ったご褒美に」と抜いてしまえば、それがやがて週1の頻度になり、次に3日に1度の頻度、そして最終的には毎日しごくようになりかねない。「ご褒美に一度だけ」ほど怖いものはない。一度でも自分の意思で抜くということが心に隙を生み、オナ猿に舞い戻るきっかけとなってしまいかねないのだ。

「パンの日」はあくまで、刑務所側が定期的に提供しているだけのことで、受刑者たちが「パンの日」を自分たちの意思で選択しているわけではない。自分の意思で快楽を貪るか、与えられたものだけで満足するか。そこには大きな隔たりがあるように思う。もし仮に受刑者が自分の意思で決めることができたとしたらほぼ毎日「パンの日」になってしまうことだろう。つまり、自分の意思で抜くことはオナ猿に戻りかねない非常に大きな危険を孕んでいるのだ。

例えば、キヨハラが20日薬を使わずに我慢したからといって、ご褒美に薬を使おうとするだろうか。しないだろう。なぜなら一度でも使うことは破滅を意味しているからだ。一度でも抜いてしまえば再起不可能。オナ禁日記をはじめた頃にも書いたが、僕はそれくらいの覚悟で、このオナ禁に挑んでいる。もし一度でもリセットしてしまえば、自分で決めたことを翻したということになり、自分さえ信じられなくなる。

僕は抜くと、酷く疲れて眠たくなる。リセットして怠くなることを考えると、むしろずっと抜かずにオナ禁を続けている方が疲れないので、それがご褒美というか、ご褒美はオナ禁によって得られる効果だけで十分だ。