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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

なぜ人は自分と無関係な人間を叩きたくなるのか

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瞑想を続けていると、「あ、こいつ瞑想してないな」、「あ、こいつは瞑想してんな」っていうのが分かってくるようになるからおもしれえ。これマジな話。さすがxevraさんだわ。

よく芸能人が不倫などのスキャンダルを起こしたとき、自分の生活には全く無関係なはずなのにまるで鬼の首をとったかのように激しいバッシングを行う人がいるよなあ?それってなぜだか分かるか?答えは「気持ちいいから」。

他人を道徳的に攻撃すると、脳の快楽を司る部位がはげしく活性化することがわかっている。「道徳」の特徴は、何が不道徳かを知っていても、その理由を説明できないところにある。他人を道徳的に攻撃すると気持ちいいのは、人間が進化の過程で備えた動物的な本能だ。
芸能人の不倫を「なんかダメだよね」と漠然と非難し、周りの人間に同意を求めて意見を強くする。そうした一連が快感で、不道徳を批判をしていると刺激的で気持ちがいい。だから自分の人生に全く無関係なはずの芸能人の不倫はあれだけ叩かれる。

俺がミヤモさんやイケハヤさんを批判したりしていたのはそれが「気持ちいいから」としか言いようがない。なぜならミヤモさんやイケハヤを批判しようがしまいが、俺の人生には何の関係も影響もないのだから。


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だが、世の中にはこの対談動画の沙羅屋敷って奴みたいにそうした自分の「他人を批判するのが気持ちいいから」っていう感情に無自覚な奴がいる。世の為、人の為にクズ野郎を批判してるんだって思い込んでる奴。こういう奴が一番危ない。

動画の内容を簡単に説明すると、カツドンっていうクズyoutuberに沙羅屋敷っていう自称管理職妻子持ちが、カツドン宅に訪れて、説教しようとして論破されるっていうもの。

しかし、この沙羅屋敷って奴、びっくりするくらい中身が無い。8年間無職だったカツドンがマシに見えるくらいに。自分が負けそうになると、「話にならない」とか「常識が通用しない」とかレッテルを貼って場を壊して逃げるだけっていう。

だいたいまともな奴が、見ず知らずの野郎の家にアポなしでいきなり電話かけて、自宅にまで行くと思うか?気に入らねえ奴の動画をずっと監視してよぉ?まともな社会人はそんなことしねえだろ。仮にカツドンが本当に人々に危害を加えるかもしれないキ印なら、そんなもん自宅に行って説得して止めれるもんでもねえし、これは動画内でカツドン自身も言ってたことだが、カツドン1人抑え込んだところで、頭のおかしいやつなんざそこらじゅうにいるんだからてめえ1人がでしゃばったところで何の意味もねえだろ。

そもそもカツドンがyoutuber続けて野たれ死のうが家庭崩壊しようが、それがてめえの人生になんの関係があるんだ?っていう話。動画のコメント欄で粘着して、わざわざ他人の家まで出向いて説教しに行くってのはさ、やっぱそれが気持ちいいからなんだよな。自分のつまらん人生を正当化するための憂さ晴らしのために偏桃体が暴走して、カツドン批判してえよおお、刺激欲しいよおおおってなってるわけ。暇人が。こいつはそれに無自覚で、やれ仙台市民のためとかもっともらしい理由で、正社員や妻子持ちっていうステレオタイプな社会的ステータスを盾にそれに合致しない人間を批判してるわけだからタチが悪い。

人にやっちゃいけねえ事なんてねえぞ。たとえスクランブル交差点のまん中でとぐろグソをしたとしても、その罪を背負う覚悟があればな。正しい人生なんてねえぞ。人間死んだら皆ただの灰や。沙羅屋敷もカツドンも、そして俺も。