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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

非モテコミットはマジでモテないというお話

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実体験から言って、非モテコミットはモテない。マジでモテない。「非モテコミットって何?」って人もいるかもしれないから一応簡単に説明しておく。非モテコミットというのはフジサワカズキという人が提唱した概念で「僕はあなたのことが好きで好きで僕にはあなたしかいません。」ってなってしまう状態のことである。一見、1人の人間を一途に想うことは誠実で純粋で恋愛における正当なアプローチに思えるが、この状態になってしまうと全くモテなくなり振られてしまう。

なぜ男が1人の女にコミットメントしてしまうとモテないのか。それは1人の人間にコミットメントするということが、他のメスにモテていないことを知らせることに他ならないからである。人間をはじめとする哺乳類は子供を一人前に育てるまでに多大な時間とコストを払い投資する必要がある。つまり女の本能的な戦略は、不特定多数の男と関係を持つのではなく、なるべく優秀な遺伝子を持った男とだけ関係を持つことなのだ。

「自分にばかり寄ってくる⇒他の女からモテていない⇒モテないってことは優秀な遺伝子持ってない⇒こいつと一緒にいてもまともな遺伝子残せない⇒本能的にうけつけない・キモイ」となるわけである。

僕にもモテキというやつが一度だけあった。あれは新卒で入社した職場での忘年会だった。誰もいないテーブルで1人で飲んでいたら、入社研修で同じ班だった他部署の女の子がいきなり隣に座ってきて、連絡先を聞いてきた。男女の割合が3:7くらいの割合の職場だったからというのももあるかもしれない。

それまでまったくモテたことのなかった僕は、その時は「はいはい、気まぐれ、気まぐれ、どうせ連絡先交換するだけ、ワロス、ワロス」とか思いながら適当に流していたら、後日、向こうから「ご飯でもどうですか?」と連絡があった。そしてデートである。雰囲気は悪くなかった、と思う。少なくとも好意を持っていてくれていたからこそ食事に誘ってくれたはずだ。それからも、デートに誘ってもらったり、こちらから誘ったり、が何度か続いた。どんどん惹かれていった。雲行きが怪しくなったのは、僕がその女のFacebookアカウントを見つけて友達申請した頃からだった。それ以来、女が急にそっけなくなった。非モテコミットしてしまったのだ。それまで好意的だったはずの女が急にそっけなくなったことで余裕がなくなった。そのことでこちらばかりアプローチするようになって、更にコミットメントしていくという悪循環に陥ってしまったのだ。
そして、やがてその女からはFacebookの友達も解除され、LINEもブロックされた。

非モテコミットはモテない。これは普遍の法則だ。脳の本能的な部分に関わる構造というのは旧石器時代から何も変わっていないからだ。それに非モテコミットという概念はフジサワの専売特許ではなく、遠い昔から異国にも存在していた。
ガルシア・マルケスの「コレラの時代の愛」という小説をご存知だろうか。

コレラの時代の愛

コレラの時代の愛

フロレンティーノはフェルミナに一目ぼれをし相思相愛になるが、身分の違いから、相手の父親の反対もあって引き離されてしまう。そうこうしている間にフェルミナは医者と結婚し、子どもを出産。悲しみに暮れるフロレンティーノだったが、いつか一緒になれると信じて何年でも彼女を待つことを心に誓う。その歳月、なんと51年と9カ月。一日たりともフェルミナを忘れたことはない。やがて夫が亡くなり、未亡人となったフェルミナにフロレンティーノは高らかに愛を宣言するのである。
それを聞いたフェルミナは「消え失せろ」と彼を一蹴する。「あなたに残された寿命の間、二度と私の前に顔を出さないで。それに、その寿命は、ごく短いといいわね。」ととどめの一言を放つ。

これぞ究極の非モテコミットである。
女の本能の前では51年も想い続けた誠実さなど糞の役にもたたない。それどころか、むしろマイナス査定なのだ。
だが、それがどうした。マルケスが50年なら僕は500年だ。
僕は生命科学で1000歳まで生きることができるようになった人間が500年間1人の女を想い続ける物語を書いて女どもを震撼させてやる。

寿命1000年―長命科学の最先端

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