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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

知能のパラドクス。ちきりんはなぜ結婚しないのか。

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「結婚はオワコン!?」
と提唱していたちきりんがオワコンになりかけている。そんなちきりんが渾身の新刊を出した。

自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方

自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方

今回は「生産性」ときた。意識高い系の大好物である。

意識高い系の快楽装置ちきりん。ちきりんはそんな何者にもなれない意識高い系のゴミどもの自己正当化に利用されてきた。ちきりんもまた「マーケット感覚を身につけよう」というテーマを打ち出すというマーケット感覚でゴミどもを利用し利益を貪ってきた。win-winってやつだ。

ちきりんの本を読んで何が変わったというのか。いや、何も変わっちゃいない。読んだときは気持ちよくなってイキかけて、結局それで終わりだ。そもそも1冊1500円程度の本に過大な期待をする方がおかしいのだ。たかだか1500円で気持ちよくなることができた。夢が見れた。それでよかったじゃないか。そう思うべきなのかもしれない。

それでも彼らは信じたはずなんだ。ちきりんで幸せになれると。ちきりんで人生が手に入ると。ちきりんで全てが変わるんだと。でもそんな現実は無かった。ちきりんでは何も変わらない。無能な人間を気持ち良くする力しかちきりんには無かったんだ。そんな事くらい最初からわかっていたし、今だってわかっている。ちきりんを突き進めばマッキンゼーに辿り着くなんてのは間違いだった。でも間違いだってわかっていながら、一瞬は信じたはずなんだ。勘違いしたはずなんだ。見誤ったはずなんだ。


ちきりんの本をどれだけ読んでもちきりんにはなれない。あるいはちきりんのような成功者にはなれない。なぜならちきりんは知能が高く、ちきりんの本を読んで気持ちよくなっているような連中はちきりんのように知能が高くないからだ。

実は、ほとんどの物事は、知能の低い人々のほうがうまくこなすことができる。我々の祖先が生きてきた環境において一般知能が役に立つのは、少数の進化的に新しい問題についてのみだ。

進化によって、人類は生存と繁殖にかかわる広い範囲の問題を解決できるようになった。人間がやらなければならないのは、進化によって組み込まれた通りに行動することだけだ。つまり、おいしい食べ物を食べ、魅力的な異性とセ〇〇スをすることだ。一方、少数の進化的に新しい問題については、進化は、一般知能をもたらした。
これによって我々は推論して問題を解くことができるようになった。進化的に新しい問題は、数が非常に少なく、互いにまったく似ていない。
基本的には、一般知能が必要なのは、頻度の少ないあらゆる大規模自然災害に対処するときだ。


しかし、現代生活では一般知能はきわめて重要だ。ほとんどすべての環境が進化的に新しくなってしまったからだ。今日我々が解くべき問題、たとえば学校で優秀な成績をおさめること、仕事に採用されること、コンピュータを使ってやることのすべて……どれもが進化的に新しい。このため、知能の高い人々は現代生活のほとんどすべての側面で卓越する。
ただし、異性を射止めること、子どもを育てること、友人を作ることといった、ある種のもっとも重要なことは例外だ。我々の祖先が頻繁に遭遇した、進化的に見慣れた問題については、知能は優位性をもたらさない。知能の高い人々は、結婚相手を見つけるのに優れてはいないし、多くの場合劣っている。

なぜ問題解決能力に優れていると、通常の本能的行動に関して劣るのか。一般知能は、進化的に新しい問題を解けるように進化させられた。知能の高い人々は、低い人々よりも、進化的に新しい好みと価値観を獲得することが多い。10万年前に我々の祖先が経験しなかった物事に価値を見出し、好むことが多い。
我々の祖先は、「保守的」、つまり友人と家族の安寧だけを考えていたからだ。

知能の高い人々はよい親や友人になるとは限らない。
知能の高い女性は、そもそも母親になることが少ないので、最悪の種類の母親になる。

なぜか。繁殖に成功することは、すべての生物にとって究極の目標だからだ。知能の高い女性は、この進化的組み込みに逆らおうとすることが多い。
進化で組み込まれた行動について、知能は有利に働かない。



新刊のテーマは生産性。「生産性」をテーマに本を書けるくらいちきりんは生産性が高いのかもしれない。そんなちきりんが生産できなかったものがあるとするなら。それは・・・。