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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

どうせ死んでしまうのになぜいま死んではいけないのか

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という問いに対して、哲学者の中島義道は「きみが死んだら、ぼくは悲しい。だから、死んではいけないのだ。」と答えている。

これは一見、なんのロジックも無い感情的にすぎる回答のように思えるが、一周してこのシンプルな回答に到達してしまっているのだ。というのも死について考えれば考えるほど、今すぐ死んではならない理由は見つからない。死ねば全てを失う。「全てを失う」という視点すらも失う。今すぐ死んでも、60年後に死んでも同様に何もかもなくなる。およそ1000年もすれば自分が生きてきた記憶など何も残らず、存在した事実すら消え去ってしまう。「いますぐ死ぬ」などと言うと「育ててくれた命を粗末にするな」という意見もあるだろう。だが、彼らもやがて死に、生きて存在した記憶すら残らない。そう、我々人間は死ぬ。それも必ず。人間の営みなど地球や他の生物にとっては無くても全くかまわない存在であり、それが今すぐ消えてなくなろうが、100年後に消えてなくなろうが宇宙にとってはなんら影響ない。宇宙が生まれて今日に至る膨大な時間の前には今すぐ死のうが、60年後に死のうが何も変わりはしない。そうした真実の前には「命は大切だから」などというのはただの「建前」でしかない。大切な命はたかだが80年で死ぬのだ。どうせ死ぬのに今すぐ死んではならない本質的な理由など何もないのだ。もし、あるとするならそれは「ただあなたに死んでほしくない」という感情である。「どうせ死んでしまうのになぜ今死んではいけないのか」という問い対して、最終的に行き着く先は、「あなたが死ぬと私が悲しいから、だから今あなたに死んでほしくない」という感情論なのだ。