クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

僕は、この人間の軽薄さから生まれた悲劇を しみじみと描いてみたかったのである

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fujipon.hatenablog.com


それまで露ほども頭の片隅にも無かったくせして、何かで話題になったときだけ、取り上げて記事にする。


そんなブロガーは数多くいるが、このブロガーの軽薄かつ罪深き点は、いかにも的を射ているかのような「それっぽいこと」、「わかったようなこと」を書くところだろう。

実に救われない。

それまでずっと忘れていたくせして、思い返したこともないくせして、話題になったときだけ取り上げて、知ったようなことを書き連ねる。

誰だよ。誰なんだよ。ほんと誰なんだよ。何様なんだよ。


例えば最近少年Aが「絶歌」という本を出した。それまでずっと少年犯罪について考え続けてきたという蓄積も悩みも苦しみもないくせして、話題になったときだけ、まるで思い出したかのように、さも「知ったようなこと」を記事にして書く。

例えば著名な人が亡くなる。その人に会ったこともないくせして、メディアや本の中でくらいしか知らないくせして、亡くなるまで思い出したこともなかったくせして、さも「知ったようなこと」を記事にして書く。


○○さんがー、○○さんがー、××さんがー、××さんがー。


お前は誰なんだよ。


「ご冥福をお祈り申し上げます。」


こんなふうにして僕たちもいずれ死んで、まるで最初から存在していなかったみたいに忘れ去られていくのだろう。