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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

ずっと海を眺めていた

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僕がはじめて孤独を知ったのは、小学校6年生の時だった。
クラスに一人、精神遅滞の女の子がいた。学習能力は劣っているが、基本的なコミュニケーションは可能で、親がせめて小学校までは普通学級に通わせたいと願ったのだ。

当時は「知恵遅れ」の名で呼ばれていたその女の子は、醜いもの、汚いものと扱われ、クラスの中で徹底的に排斥されたが、そのことにすら気づかず、周りの生徒にまとわりついていた。
そのときの担任の女教師は、扱いに窮し、転校生だった僕にすべての責任を押しつけた。

1年間、僕はずっとその女の子と二人で給食を食べた。運動会のリレーも二人で走らされた。遠足も二人だけ別行動だった。教室の前にある水飲み場は、一番左の蛇口が僕と彼女の専用と決められ、それ以外の水道には手を触れることを禁じられていた。担任の女教師はずっと見て見ないふりをしていた。

教師は、女の子の大幅に後れている学習の面倒を見るよう、僕に命じた。それからは、放課後、二人だけで教室に残ることになった。僕が声をかけると、彼女は真っ赤になってうつむき、恥じらいの仕草をした。それがまた揶揄や嘲笑のタネになった。

地元の中学に進学しても、状況はほとんど変わらなかった。徹底した排斥の対象になっていることがわかると、他の小学校から上がってきた子供たちも自然に僕を避けるようになった。中学を卒業するまでの4年間、僕にはただの一人の友人もいなかった。

クラスの全員が僕から離れていったとき、僕は孤独だった。だがそれは、不快な感覚ではなかった。人間関係からもたらされる細々としたくだらないことに煩わされず、一人で生きていけることをそのときはじめて知った。それ以来、孤独は常に僕とともにあった。

中学を卒業する間際、一人の女の子から好きだと告白された。彼女は小学校の同級生で、ずっと自分を責めてきた、と言った。除け者にされるのが怖くて話しかけることができなかった、と泣いて謝った。
僕は、彼女を偽善者だと思った。

小学校の卒業式の翌日、知恵遅れの女の子が、母親と一緒に自宅に挨拶に来た。母親は、僕のおかげで夢のような思い出ができた、と泣いた。その横で、女の子はにこにこと笑っていた。養護施設に行くことを理解していないのだ。僕は「元気で」と言って、彼女の手を握った。彼女は真っ赤になって、僕の手を握り返した。
僕もまた、偽善者だった。