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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

裸の王様

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人間の意志は弱い。信用できる人の言葉を盲信した方がいい理由 - 未来は変えられるの?
enrique5581.net


どのようにして裸の王様がつくられるのか。それは「誰が言ったか」に固執する、とりまきによってつくられるのだ。


税金も保険料も払わないで国民としての義務もろくに果たさず、「社会が悪い」と権利ばかりを主張し、消費者金融で借金をこしらえ、それを親に支払わせ、にも関わらず時間帯労働はしたくないと未だ仕事にも就こうとすらせず、プロブロガーになるなどと夢みたいなことをのたまっている。

こんなのは、改めて言うまでもないことだが、世間の一般常識からは完全に逸脱しており、通用するはずがない。

にも関わらず、彼のとりまきには誰一人として、「それ、おかしいんじゃない?」「もうちょっとよく考えてみたら?」って言ってあげる人はいないのだ。不思議なくらい。
本来、一人くらいいてもいいはずなのだ。本当にその人間のことを考えているのであれば。でも、いないのだ、誰一人として。ただただ無責任に肯定してやるだけなのだ。

もちろん肯定してあげる人間がいてもいいのだが、「おかしいんじゃない?」と言える人間がただの一人もいないというのは、なんとも奇妙なことである。

その根底にあるのが、盲信という名の思考停止だろう。
彼らのやってることは、もはや、ほとんど宗教と言ってもいい。
オ〇ム信者は「尊師の言っていることは絶対だから」と周囲の人間がどんなに、理屈や根拠で「オ〇ムは間違っている」と説き伏せても耳を貸さなかったという。何を言っても暖簾に腕押しだったのだ。

まさに、彼らと同じである。「何を言っても」彼らには届かないのだ。なぜなら「誰が言ったか」だけが彼らにとっては大切なのだから。

意識が高いと言われようがなんだろうが、私はこんな連中には絶対になりたくない。
ちなみに私は「意識が高い」という言葉そのものがあまり好きではない。
明らかに人を馬鹿にしたような皮肉を含んだ言葉だと思うし、なんでもかんでも「意識が高い」の一言で済ませようとする粗雑さが気に入らない。

意識が高いとか低いとか、そんなのは関係ない。相手が誰であろうと、正しいことは正しい、間違っていることは間違っている。そう言える人間に、私はなりたい。