クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

なぜ僕はブログを書くのか

スポンサーリンク


クソログの株式とかライフハック系の記事


リンク先に書かれていることは正しい。にも関わらず、多くのブックマークがついたり、読者登録してくれる人がいるのは、おそらくブログを「線」ではなく「点」で読んでいる人が多いからだろう。
だから、僕のブログを「点」でしか読んでいない人は、すぐに失望して去っていく。

なぜ僕はブログを書くのだろうか。僕は金のためにものを書いているわけではない。僕は楽しみを与えるために書いている。痛みと苦しみと恐怖と残酷な行為で満ち溢れたこの世界に、数分間の逃避や喜び、忘却を提供できるとすれば、それは素晴らしいことではないだろうか。

そして僕は死ぬことが恐いから書く。もしかしたら、非常にわずかな可能性だが、僕の書いた記事が僕が死に果てた後も生き延びるのかもしれないのだから。そうすれば、死を挫くことにもなる。
「私は孤独じゃない。私には怖いものなど何もない。」という人がいるとしたら、その人は自分自身を欺いている。我々は全て孤独で恐怖に駆られているのだ。たとえ幸福にも結婚して愛し合っている人々にしても、心の奥底で、宇宙の虚無を無意識に感じるとき恐怖に駆られるのである。ふだん我々は、この恐怖を自分自身にも隠している。全宇宙における自分の存在を問い詰めていくと、広大な砂浜の砂粒よりも小さく、力無きものに思えて、ただもう耐えられなく自滅的になってしまうものだ。

僕の考え、希望、感情、夢を伝えるためにも僕は書く。独りぼっちの怯えた人々全てに手を差し伸べて、心の底では我々一人一人皆同じであることを知らせるために書く。
無条件で互いに愛し合うべきだということではない。例外なく誰にでも好意を持てなどと言うつもりもない。つまるところ、まわりには、間抜けな人間、退屈な人間、まったくの悪党などがいるものなのだ。が、皆独りぼっちで怯えていることに変わりはない。彼らも我々と同じ苦しみや喜びを共有してるのであり、我々は共通の運命の下にいるのにすぎない。


私をたどる物語 - YouTube