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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

「ブログを言及してください」と言われたので

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マトリョーシカ的日常



以前、はてなブックマークにて「ブログを言及してくれ」というコメントがあったので言及してみたいと思う。


まあ、なんていうか正直あまり乗り気ではない。なぜならこういう場合、美しい嘘をつくことができないのが僕の本流だからだ。


都合の良い綺麗な嘘を並べようと思えば、できないこともないが、それではかえって不誠実だと思うのではっきり言いたい。


このブログを、というかこの人を一言であらわすなら、「無能が嫌で有能な人間になりたがっている「無能」」というものだ。

まあ、結局のところは「無能」、つまり能力が無いということだ。

ただ、無能であることを卑下する必要はないと思う。能力に恵まれた人間というのは少数派ではあるわけだし、僕にだって能力なんかない。1人の無能な人間だということだ。

ただ能力の無い人間には能力の無い人間なりの生き方というものがある。
無能には無能なりの生き方があるのだ。

ただ世の中には無能な自分を無能だと自覚できない人がいる。
もしくは自覚していても、無能な自分を受け入れられない人もいる。

そういう人はたいてい不幸になる。
自分の能力が自分の理想に追いつかないからだ。
そして自分の能力と理想のギャップに苦しみ、しなくてもいい消耗をする。

賢い人間は運命に逆らわない。

無能は無能らしく生きればいいのだ。

ここまで、「無能」、「無能」と言ってきたけれど、これは僕が言うまでもなく、本人が一番よく理解していることではないかと思う。

それを認めたくないという気持ちは分からないでもない。
だが、無能はどこまでいっても無能なのだ。