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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

なぜ糞みたいな文章を書くのか

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僕はこのブログにおいて「普通の記事」の合間合間で「変な記事」をしばしば書いています。
いわゆる「反社会的な文章」であったり、意味不明な文章であったりします。

読者の中には、なぜそんなことを書くのだろうと疑問に思っている人もいるかもしれません。


ユーモアとして受け取ってくれる人もいるかもしれませんが、「普通の記事」だけ書いとけばいいのにと思っている人も中にはいることでしょう。

むろんそうしたいわゆる「普通の記事」「あたりさわりのない記事」「誰にかにとって役に立つ記事」「ポジティブな記事」だけを書くことは可能です。
しかし、そのことによって僕がある種の聖人君子のように思われることを僕はあまりいいことだとは思えないのです。

僕は人間の本質はみな等しく卑しく、汚く、くだらないものだと思っています。
もちろん僕自身だってそうです。


僕という人間は、醜さも、汚さも、邪さも臆病さも、それら全てを包括しているからこそ僕自身なのであって、例えば僕が自らの醜さ汚さ邪さ臆病さといったネガティブな部分をを全て完全に忘れ去り存在しないものとして扱い生きたとしたならば、それはもはや僕自身とは呼べません。

同じように、全ての地上に存在する全てものは、醜さも、汚さも、邪さも臆病さも、それら全てのものを含めて世界なのであり、それら、あらゆる汚点を見過ごし、忘れ、素晴らしさのみに視線を向けて、美しき世を美しく生きることが、いいことだとは思えません。
そうした醜さや汚さに人間の本質が含まれていることをかたく信じているからです。

だから僕はこれからも、汚いものを書き続けます。見えたものが糞なら自分の見えたありのままの糞を書き続けたいのです。