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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

伽藍の世界

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会社で飲み会が開かれた。そこに1人の同僚が呼ばれていないことに僕は気が付いた。「あれ、T君来てないんですか?」 先輩社員の顔が一瞬曇って、「ああ・・、あいつは呼んでないよ。」と言った。それに同調するように頷く周囲の人たち。
気づいていないふりをしながらも、「やっぱりか」と思った。


どんな社員も大きく分けて4種類の人間にカテゴライズできる

・仕事ができて人間性が良好
・仕事はあまりできないが人間性が良好
・仕事はできるが人間性が悪い
・仕事があまりできなくて人間性も悪い


経験則から言って、これを社内での評価の高い順に並べ替えると、

・仕事ができて人間性が良好
・仕事はできるが人間性が悪い
・仕事はあまりできないが人間性が良好
・仕事があまりできなくて人間性も悪い


となる。会社が利益を生むための組織である以上、「仕事ができる」ことが優先されるし、そこさえ担保されていれば多少の素行の悪さは目をつむってもらえるケースが多い。 
ただ、感覚としては「仕事はできるが人間性が悪い人」の勤続年数は「仕事はあまりできないが人間性が良い人」よりも短い傾向にあるような気がする。人間性に難がある人は結局何らかの理由で会社を去っている。

入社して約半年。T君は「仕事があまりできなくて人間性も悪い」に分類され、排斥されてしまったのだ。
「人間性」と一言でいっても、悪人と善人で分けられるような単純なものではなく、そこにはいろいろなパターン、要素が組み込まれているように思う。
T君の場合、コミュニケーションに難があるタイプで、自分からは話題を絶対に提供しないくせに、誰かが話していると、そこに入ってきて話の腰を折ってしまう。しかも誰でも知ってるような当たり前の情報を羅列したり、どうでもいいような質問を投げかけてくる。答えてあげても発展しないので「なんで聞いたの?」って言いたくなることもしばしばである。何か話題を投げかけても、話始めに「まあ、」を連発して流暢さが無くテンポが悪いので会話そのものが苦痛になってしまうのだ。

会社員が生き残る上で社内での評判は非常に重要である。そこで「仕事ができなくて人間性も悪い」の烙印を押されてしまうと、灰色の毎日が待ち受けている。

「残酷な世界で生き延びるたった一つの方法」という本で会社は「伽藍の世界」だと書かれていた。伽藍の世界は退出が容易ではなくネガティブな評価がずっとついてまわる。簡単にリセットすることができない。そして、一度ついてしまったネガティブな評価を払拭するのは至難の業で、それをリセットするには退社するしか道は残されていない。だが、日本の雇用情勢ではそれにも限界がある。ネガティブな評価を払拭するほどの成果を上げる可能性が0とは言わないが、非常に稀なケースである。仕事の「できる、できない」は向き、不向きもあるので転職すれば改善されるかもしれない。だが、人間性の方はどうだろう。「三つ子の魂百まで」という言葉があるように、人間の性格はなかなか変えられない。T君にはその自覚すらないのだ。全く人と関わらない仕事でもしない限り、T君は転職したとしても、似たような理由で排斥されてしまうことだろう。それがたとえどんなに残酷なことであったとしても。


残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

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