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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

「ルポ 中年童貞」を読んで

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ルポ 中年童貞 (幻冬舎新書)

ルポ 中年童貞 (幻冬舎新書)


間違っているのは社会か。それとも純粋(だと思い込んでいる)な中年童貞か。

男性の冷静沈着で客観的な判断力はすべて現実に根付いている。現実に対する冷静で客観的な判断は、我々の社会をつくる大きな要素の一つである。性とは個人的なものではなく、社会と密接な関係を築き社会に関わることだと考えるならば、中学校でぶつかった異性の壁を乗り越えられず時間が止まっているのは非常に危惧すべき事態である。

本書は性交未経験の男性は婚姻率の低下や少子化、アイドルやアニメなどの娯楽産業、性産業の動向だけにとどまらず、職場におけるパワハラやセクハラなどの人間関係、労働の長時間化や離職率など、社会の根幹に関わるネガティブな問題に繋がっているという仮説の下に書かれた本である。

統計的データといった科学的根拠が提示されているわけではないが、言いたいことがわからないでもないといった感触。
「いい年して、結婚もしてない人間はどこか社会的な欠陥を抱えているに違いない」といった偏見に近い考え方かもしれない。

そのような仮説の下、中年童貞を取材していく中で著者は「中年童貞たちは決定的に物事の考え方や行動がズレている。」という確信を深めていく。そうしたズレゆえに周囲との人間と軋轢を生み、トラブルを引き起こしてしまうのだ、と。

中年童貞たちに共通するのは極端なまでの貞潔信仰からくる客観性の欠如、プライドの高さ、被害者意識、自己中心性、頑なさ、妄想である。
例えば本書に登場する44歳の介護職員である坂口という男は自分は純粋で純情な人間であり、将来的には必ず自分のことを全て受け入れてくる女性が現れるはずで、風〇に行くような人間は汚らわしいし、間違っていると本気で思っている。
仕事の能力は低く、人間関係も最悪のトラブルメーカーであり、恋愛話で盛り上がっている女性職員たちの席に近づいて、自分が童貞であり、汚らわしい風〇に行ったこともなく、セ〇クスは好きな人としたいという持論を語りまくるという逸脱ぶりである。20年以上前の片想いを未だに引きずっており、純粋できれいな心を持っていると、女性職員たちから見直されると本気で考えているのだ。

坂口らのような低スペックで不完全な人間が性経験が無い潔癖な女性を求めるなど逆説めいている。
何様のつもりだ、と。

だが、むしろ彼らは不完全であるがゆえに、完璧な人間を求めるのかもしれない。なぜなら彼らは一度たりともまともに愛された経験が無いから。
彼らが愛されなかったのは彼ら自身が劣等であり不完全だからである。
誰からも愛されなかった人間が、不完全な人間を愛せるはずがない。なぜなら不完全な人間が愛されないことは彼ら自身が最も身を持って知っているからだ。愛されないから愛さない。愛されないからますます愛されない。自己肯定できないから、相手を肯定することもできない。その過程の中で潔癖な女性像という妄想が強化されていくのではないだろうか。
誰かから愛されたことのある人間が一度も愛されたことのない人間を蔑む。なんとも残酷な現実である。

あるいは、性交渉できないことの単なる言い訳にすぎないのかもしれない。本当は性交渉したいのだが、プライドが邪魔して、自分の中で最もな理由を創り上げ「できない」のではなくあくまで「しない」のだと言い張っているのだ。「俺は処女以外とは性交渉なんてしない。あえてね。」といったように。

僕の勤めている職場でも中年童貞になるであろう人間がいる。そいつは坂口と同様に、風〇やコンパに誘っても「絶対」に来ない。女性に興味があるのは間違いないのだが、「そんなのに行ってもどうせ不細工しかいないんでしょ?」とか「金がもったいない」とか最もらしい理由をつけて絶対に参加しようとしない。一度も行ったこともないのに、分かったようなふりをしているのだ。本当はただ恥をかいたり、受け入れてもらえないことが怖いだけなのに。プライドが傷つけられることに異常に敏感なため、それを守るために、貞潔で若くて見た目も可愛くて自分だけを愛してくれる女しか受け入れられないみたいな極端な思想を持つようになる。
本書でも、そのような本当はリアルな女性と関わりを持ちたいのに二次元に逃避したり、処女信仰により、自分は心の美しい人間だと自己暗示をかけている状態を不健全だと説いている。

中年童貞が生得的なものによって生み出されるのか、後天的な環境によってつくられるのかは正直わからない。ただ僕が思うのは、中年童貞だから、トラブルを繰り返すのではなく、元々トラブルを起こすような人格が形成されてしまっているからこそ、中年童貞になってしまうのではないかという気がする。

もちろん人の才能や器、人生は人体の一局所の特殊な摩擦経験の有無によって決まるとは言い切れないのかもしれない。吉田松陰や宮沢賢治、カント、ライト兄弟など偉人の中には生涯童貞であった人間も少なくない。

だが、多くの中年童貞たちは、偉人たちのように歴史に名を残すこともなく、ひっそりと孤独にその生を終えていくのだろう。


青春の輝き カーペンターズ