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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

世界のまん中

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「人類が生活しているこの世界はシミュレーションである」という仮説があるらしい。今ある宇宙はとてつもなく低い確率で構成されているにもかかわらず、宇宙は人間にとってあまりに適した環境過ぎるから、そうした説があってもなんら不思議ではない。だが、ほとんどの人にとってこの世界がシミュレーションだろうが、現実だろうが関係ないと考えるだろう。なぜなら、この世界が仮に本当にシミュレーションだとしても、人間は生きていれば痛みや苦しみ、悲しみや喜びをたしかに感じるのだから。

この世界がシミュレーションだろうが現実だろうが、あらゆる人間にとって今、自分が見えているもの、聞こえているもの、感じているものが全てなのだ。

ならば、と思う。

熊本で壊滅的な地震が起きようと知ったことではない。なぜなら、それは普段僕が生活する上で何一つ目にも映らないし、耳にも入らないし、実感することも無いからだ。もしこの世にテレビもラジオも新聞もインターネットも知り合いも無ければ、僕は熊本で地震が起きたことを知ることもない。

知らないということは存在しないのと同じである。この世界がシミュレーションだろうが現実に熊本で地震が起きていようが、僕の生活には何ら影響はないだろう。事実、何の影響もない。毎日ご飯は美味しいし、仕事はあるし、眠る場所もあるし、金もうなるほどある。何一つ変わらない日常。何一つ変わらない生活。

見えているものだけが世界。聞こえているものだけが世界。感じているものだけが世界。それ以外のものはシミュレーションと同じ。それが現実だろうがシミュレーションだろうが関係ない。なぜならどれだけ熊本が悲惨な状況にあろうと、そのことで僕には痛みも苦しみも、悲しみも喜びも何も無いのだから。