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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

誠実とはいったい

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以前参加した街コンにて、プロフィール欄の「好きなタイプ」に「誠実な人」と書いている人がいた。

誠実とは一体なんだろうと気になったので辞書で調べてみた。そこには、「私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること」とあった。

そんな人間いるのだろうかと思った。なぜ街コンに参加するのか。異性を自分のものにするためである。自分だけのものにするためである。そこに私利私欲が無いとしたら、その人間は自分で自分を欺いている。

また、太宰治は誠実について以下のように書いている。

誠実な人間とは、どんな人間だか知っていますか。おのれを愛するが如く他の者を愛する事の出来る人だけが誠実なのです。君には、それが出来ますか。いい加減の事は言わないでもらいたい。君は、いつも自分の事ばかりを考えています。自分と、それから家族の者、せいぜい周囲の、自分に利益を齎もたらすような具合いのよい二、三の人を愛しているだけじゃないか。

なぜ他人を愛するのか。それは、自分の欲を満たすためである。相手を幸せにしてあげたいという願望も突き詰めれば私利私欲である。真心をもって人や物事に対するだけなら、相手を手に入れる必要はないのだから。

恋愛らしきものをしているとき、僕は自分を醜いと思わない日はない。
いや、完全に舞い上がって「オレ超ハッピー!」って瞬間はある。むしろ、それが問題なのだ。そんな自分を次の瞬間自覚して厭な汗をかく。気が滅入る。
例えば誰かを好きになったとき、その誰かと仲良くなる過程は異常に愉快である。けれども、同時に自分がいかに姑息で打算的な人間かを思い知らされる。僕は相手を喜ばせたり、何かをしてあげるとき、それは相手を自分のものにしたいためだと知っている。極めて不愉快な自覚である。こんな風にすぐさま自分の下心を探り当ててしまうような歪んだ人間に、恋愛みたいなものは向かない。
僕は僕に対して誰よりも懐疑的である。