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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

ポケモン脳の恐怖

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www.ikedahayato.com



イケハヤはやたらと「設定」にこだわる。「サラリーマン」のブログは面白くないとか、「田舎」に住めば面白いとか、陳腐な二元論を振りかざし、とにかく「設定」に固執している。こんなのは「韓国人を殺せ」と叫んでいる集団となんら変わらない。


「サラリーマン」とか「フリーランス」っていうのはあくまで「設定」であってその設定そのものがブログの面白さを決めるわけではない。文章の面白さを決めるのは言語感覚や構成力であって「設定」ではない。


例えば「コンビニまで散歩しながらおでんを買いにいった」っていう、ごくありふれた「設定」でも面白く書ける人間はいる。逆にどんなに奇抜生き方をしていたとしても、そう、例えば「公務員を数カ月で辞めて、刑務所から出所して、限界集落でトマトを栽培して生活している」という経歴を持っていたとしても、それを表現する言語感覚や構成力がないと文章はつまらない。

実際イケハヤの文章を面白いと思ったことは一度もない。レールから外れた人生(設定)だとは思うけれど、書かれた記事そのものが面白いと思ったことはただの一度もない。

「設定」を活かすことができれば面白いブログになるのかもしれないけど、設定はどこまでいっても設定でしかないから、それだけで面白くなることはないのだ。

イケハヤはたぶんポケモンのやりすぎで脳が委縮してるんだと思う。「炎タイプの攻撃は草タイプにはダメージが2倍」(設定)だったから、「サラリーマンのブログは絶対面白くない」(設定)、みたいな。「設定」が第一になってしまってるんだよ。

だから柔軟性が無い。頭がかたすぎてサラリーマンでも面白いブログを書いている人がいることを受け入れられない。設定から外れた事象なんていくらでも存在することを受け入れられない。「炎タイプの攻撃が水タイプに効くわけがない」っていう設定に頑なにこだわっているのだ。

とにかくイケハヤは頭を使わない。使おうとしない。ポケモンでは、四天王をひたすら思考停止しながら設定に沿って倒して殿堂入りしてレベルを上げていればよかったのかもしれない。まさにイケハヤはブログでも同じことを続けているのだ。

本は自分じゃほとんど書かないし、書評も引用ばかり。最近はブログもツイッターをコピペして終わり。

しかも田舎で一日中部屋にこもってパソコンの前に向かってるから、刺激が少ないし、誰も間違いを指摘してくれなくて、指摘してくれたとしてもそれを受け入れるだけの柔軟性がなくて、ネットのやりすぎで頭の使い方が偏ってるから、そんな生活を何年も続けていると、ほんと認知症になると思う。