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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

もし今日が人生最後の日だったら私は何をするだろう

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hitode99.hatenablog.com

我々は死ぬ。いつか必ず死ぬ。その有限性の中で我々はどのように生きていけばよいのだろうか。

葉隠の著者は「武士道とは死ぬこととみつけたり」と言った。

武士たるもの、生きるか死ぬかのいちかばちかの選択に迫られたとき、死ぬ方を選ばねばならぬというものである。

一応ことわっておくと、これは自殺を推奨しているわけではない。

例えば、あなたに何らかの夢や理想があるとしよう。そしてその実現には大抵リスクが伴っている。その一方でほとんどリスクのない安定な道という選択があるとする。

武士的な生き方とは言うまでもなく前者を選択することである。もし仮にその夢が失敗に終わり貧困に喘いだとしても理想のために精一杯やったのだからなんら恥ずべきところはなく潔く死ぬことができる。だが後者を選ぶこと、すなわち自分の理想や信念を曲げてまで生きながらえることは武士としては恥ずべき生き方である。
自分の信念を曲げてまで生き延びたところでどう死んでいけばよいのか、何が何やらわからない。自分の信念を曲げて平気な顔で生きていけるのは、死が生の前提となっていない者だけだろう。

武士のように潔く生きるためには、常に死が前提となっていなければならない。死を前提とすることで生に意味を持たせ充実させることができるのだ。

しかし今人々が求めている幸福というのは、単に生きるための幸福であり、そして生きるということは、あるいは家庭の幸福であり、あるいはレジャーの幸福であって、自分が死ぬと決まっている人間の幸福は無い。

死が生の前提となっている幸福が無い時代に我々は生きている。