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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

藤沢数希

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金を持っていれば持っているほど、自分でやるべきことは少なくなっていく。何でもかんでも自分でやるよりも、金で人を使う方がはるかに楽で合理的だからだ。

例えば、家事が面倒であれば、金を払って家事代行サービスを頼めばいいし、運転が面倒であれば金を払ってタクシーで送って貰えばいい。金で人を使うことで空いた時間で自分にしかできない仕事のみをすることで富を生み出す。

美味しい料理を食すにも自分で作る必要は全くなく、それを提供できる人間に金さえ払えば指先一つ動かすことなくありつくことができる。

このようにして、金が有り余っていてそれを使う生活に慣れてしまうと、自分で出来ることはどんどん少なくなっていく。

ケツについたウンコ拭くの面倒だな。そうだ、お金払って誰かにケツにべっとりついているウンコ拭いてもらおうっと。といったように。
面倒なこと、誰にでもできること、頭を使わない単純労働は、「自分」でやる必要はなく、全て金で解決することができる。

そもそもウンコがケツの穴にこびりつくのは人間の体がウンコするようにできているからだろ。体要らなくね?無駄じゃね?いちいちウンコとかするの面倒だし、誰にでもできるし、非生産的だろ。
文筆業を生業とする藤沢という男に本質的にはもはや肉体は必要ない。脳さえあればいい。それ以外は全て無駄で非生産的で非合理的でしかない。

肉体は捨て、大脳を電極につなぎ、快楽中枢に刺激を与え延々とオーガズムをむさぼり続けていればいいのだ。
それこそが藤沢の、いや、人類の望みであり、究極のライフハックなんだ。


ぼくは愛を証明しようと思う。

ぼくは愛を証明しようと思う。