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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

情報的価値を生み出せれば誰でも大きな利益を得ることができる

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物事の価値は「物理空間の価値」と「情報空間の価値」に大きく二分することができます。

例えば、茶碗一杯のご飯を食べると何カロリー接種できて、どのくらいの栄養素があるというのは「物理空間の価値」です。
一方で、その米がコシヒカリというブランドで、その中でも最高とされる魚沼産であるといった情報が「情報空間の価値」です。


実は我々は、モノやサービスの対価、労働の報酬などのほとんどを、この「情報空間の価値」に対して払っています。例えば、洋服ひとつとってみても、縫製の丈夫さや生地の素材といった物理空間の価値は今やどのメーカーも大して変わりません。それなのに、「〇〇のブランドである」という情報的価値が違うだけで、値段が何倍にもなったりします。それはつまり、情報空間における付加価値の違いなのです。

この情報的価値ですが、実は無限に増やすことができます。

例えば、一杯300円のスターバックスのコーヒーと、一杯3000円のリッツカールトンのラウンジのコーヒーがありますが、この二つのコーヒーの価格差は、なぜ生まれるのでしょうか。
どんなに希少価値の高い品種でも、コーヒー豆の原価が5倍も10倍もするとは思えません。値段が10倍高いから10倍美味しいとか、ポリフェノールが10倍含まれているはずもないでしょう。そもそも味覚は人それぞれですから、スターバックスの方が美味しいと思う人もいることでしょう。

それでも、一杯3000円のリッツカールトンのコーヒーが売れないということはありません。

つまり、高価格の大部分は物理的価値ではなく、「高級ホテルのコーヒー」という情報的価値が生み出しているということです。
そのコーヒーにそれだけの価値があるかどうかは、買う人が「価格だけの価値がある」と信じてさえいれば価値は現実化し、お客さんはお金を支払うわけです。

ダイアモンドや石油の埋蔵量を人間の都合で増やすことができないように、物理空間の価値を増やすのには限界があります。

しかし、情報空間の価値には際限がありません。情報的価値には実体がないので、時間や資源を消費することなく、生み出そうと思えば自由に無限に増やすことができるということです。

最たるものは美術品などでしょう。素人目には、なんの価値もないように見えるものでも「だれだれが描いた」とか「いついつに作られた」といった情報が付加されるだけで、何億円もしたりします。これこそ情報によって作られた価値であり、モノ自体の価値が高まったわけではありません。

美術品に限らず、情報によって価値を高められているもの・高めることができるものは、この世にはたくさんあります。

「私の労働やサービスや商品にはこれだけの価値がありますよ」という情報的価値を生み出し、お金を支払う人に納得・信用させることができれば、好きなだけお金を得ることができるのです。

ストーリーとしての競争戦略 Hitotsubashi Business Review Books

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