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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

精神的打撃は金銭感覚を狂わせる

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がっくり落ち込んだり、むしゃくしゃしたりしたとき、普段ならとても買わないような高価なものを買ってしまったというような体験は、誰にでも一度や二度あるのではないかと思います。

これは僕の知り合いの話ですが、普段はたいへん理性的で、貯金などもきちんとしていた堅実な人が、失恋をきっかけに狂ったように買い物に走ったことがあります。
それも、同じ靴を二足買い、それぞれ片一方ずつを捨てて、一足分だけ残すというような奇行を繰り返したのです。
後日、冷静さをとり戻し「なぜあんなことをしたのか分からないが、とにかく無茶苦茶なお金の使い方をしたかった」と語りました。

この人の場合は極端かもしれませんが、精神的ショックを受けたりすると、人は普段の金銭感覚からまったく逸脱した散財をすることがあります。夫の浮気を知った主婦が、家計をやりくりしてためた貯金を全ておろして、宝石やコートを買ってしまったなどというのもよくある話です。

なぜ、このような行動に走るのかというと、仕事や恋愛がうまくいかなかったりすると、人は自信を失い、どうしても自我が縮小してしまいます。その反作用として何か憂さ晴らしをするなど、縮んでしまった自我を膨らませたいという無意識の欲求が起こってくるのですが、これにお金を自由に使うというのは格好の手段なのです。
つまり、お金に支配されるのではなくお金を支配することで優越感を味わい、打ちひしがれていた自我の回復をはかるわけです。
だからこそ、こうした場合は普段の金銭感覚はおさえこまれ、浪費したり散財したりするのです。
いつものように「これは自分には高価すぎるのではないか」「無駄なものではないだろうか」などと考えていたら、その心理的負担は大きいですし、お金を支配することにもなりません。
自分でも不合理だとわかっていても、あえて散在するからこそ気分も軽く、お金を自由に使っているという快感もあるのです。

このような心理的背景があるため、「ヤケ買い」では程度の差こそあれ、誰でも金銭感覚がくるってしまいます。
特に、ヒステリー性格の人にこの傾向が強く、散財のために借金をすることもけっして珍しくありません。
お金でコンプレックスが癒せるなら治療費とみなせるのかもしれませんが、ひとつ間違えば身の破滅につながりかねない危険性も孕んでいるのです。