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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

Kが自殺した本当の理由 <こころ/夏目漱石>

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こころ (集英社文庫)

こころ (集英社文庫)

言わずと知れた、日本が誇る文豪の残した名作。

「こころ」は日本語が読めるのであれば、死ぬまでには一度は読んでおきたい本です。

世に出て百年以上経ったとは思えないくらい読みやすい文章で、どんどん引き込まれていきます。

読書感想文の題材としてもよく選ばれますが、的確な解釈ができていることはあまりありません。


どれほどの名作でもそこから真意を読み取ることができなければ価値は半減してしまいます。
それはとてももったいないことです。

特にKの自殺の理由については物語を読み解く上で非常に重要なポイントなのですが、その解釈に関して的外れなものが多いように思います。



Kの自殺の理由の根幹は「失恋」でも「先生の裏切り」でも「喪失による寂しさ」なんかでもありません。
それらを理由として納得することは、もはや誤読と言ってもいいくらいです。



Kの自殺の理由は一言であらわすと「断罪」です。

ただこれだけでは納得していただけないと思いますので、もう少し詳しく書いていきます。

Kの自殺の理由を知るためには、まずKのパーソナリティと時代背景について知らなければなりません。
Kは求道者です。普段から「精神的向上心のないものは馬鹿だ」と口にするように「道」の高みに到達することこそが彼の信条でした。彼の言う「精神的向上心」には禁欲的な意味も含まれています。現代ではこのような人はほとんどいませんが、Kにとって、あらゆる欲望は「道」をきわめる上での「妨げ」でした。
もちろん「恋」もその例外ではありません。
Kは勘当されることすら厭わずに確信を持って養家を欺いてまで、自分の「道」を進もうとした男です。言うなれば自分から進んで勘当されたようなものです。
その根底には「道」のためにはすべてを犠牲にしなければならないといった信条があったからです。道こそが彼のそれまでの人生のすべてだったのです。
そのような性質をもった人間が他者による裏切りによって自殺したりはしないものです。
また、自分から進んで養家を裏切っておいて、勘当された寂しさから自殺というのも考えにくいと言えます。

Kの遺書の最後に「もっと早く死ぬべきだったのになぜここまで生きてしまったのだろう」と書かれていますが、その「死ぬべきだった時」というのは「恋をしてしまった時点」です。
Kは「先生」から「君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」と詰問されたとき、「覚悟ならないこともない」と独り言のように呟きます。
なぜこのときのKが先生には夢の中の独り言のように映ったのか。
その覚悟が「お嬢さん」に思いを告げる覚悟などではなかったからです。
つまり、「自殺する覚悟」だったからこそ先生の目にはKが独り言を言ってるように映ったのです。
Kの「覚悟」とは「自分は道を踏み外してしまったが、自分で自分を裁くくらいの覚悟はある」という「覚悟」です。
Kは「自分で自分を裏切った罪」を自殺でもってして裁きました。
「精神的向上心のないものは馬鹿だ」と言うくらい禁欲的に生きてきた、Kにとって「恋」そのものが「道」を踏み外すことと同義でした。
失恋が自殺の理由であれば遺書に「もっと早く死ぬべきだった」という言葉は残しません。
自分を裁く覚悟があり、「道」を踏み外した時点で死ぬべきだったのに死ななかったからこそKは「もっと早く死ぬべきだった」という言葉を遺書に残したのです。
つまりお嬢さんを先生に取られてしまったことは自殺の理由の本質ではありません。

それほど意思の強い男、そしてその意思を毎日補強するかのごとく生きている人間ですら、たった1人の女に簡単に狂わされてしまう。
そこに人間の意思だけでは変えようのない本性とその罪深さが集約されているといえます。
普段は聖人、善人のような人でも、いざ自分の利害に関係してくるとその本質が浮き彫りになります。
叔父が先生を裏切り、先生が親友であるKを裏切り、意思の強いKが自分の信条をあっさり覆されてしまったように。
つまり、危機に相対したとき、利害に深く関わってくる「いざというとき」に、人間の本性が、本質が、すなわち「こころ」が浮き彫りになります。
だから「先生」は「私」対して、「あなたは腹の底から「真面目」ですか?」と念を押したのです。
まさに「真面目」な時にこそ、「真面目」にならざるを得ない時にこそ、人はその「こころ」を、「本性」をあらわにするからです。
先生は「人間の本性の罪深さ」を自分自身からも、そしてKからも知りました。そうした「罪(本性)を抱えた」自分自身を信じることができないからこそ、他人も信じることができなかったのです。
「先生」が「私」に「恋は罪悪ですよ」と言った理由がまさにここにあります。Kを裏切った先生にとってはもちろん、Kにとっても恋は裁くに値する罪悪だったからこそ、「恋は罪悪」だと言ったのです。
この点からもKの自殺の理由は断罪だと解釈できるのです。