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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

人は自分のプライドを満たしてくれることなら、ただ働きも厭わない

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アメリカのある大手エレクトロニクスメーカーが新製品のデザインを決定するにあたって、75人のデザインエンジニアに協力を依頼したことがあります。そのデザインについて、意見やアイデアを求めるアンケートが行われたのですが、その協力への謝礼は希望する専門雑誌を二種類、一年間無料で郵送するというものでした。
いずれも、高額な収入を得ているエンジニアたちばかりだったので、雑誌などという微々たる謝礼ではたして協力してくれるかどうか危ぶまれたのですが、蓋を開けてみると、なんと約8割が協力してくれたというのです。しかも、彼らの大部分が、発売されたその製品を積極的に使用し、広くすすめてくれたそうです。

彼らにしてみれば、ただ働き同然なのに、なぜこれほどまでに協力してくれたのでしょうか。
これはひとつには、この仕事を通じて彼らのプライドが大いにくすぐられたからです。
まず、大勢いるデザインエンジニアの中で、自分は選ばれた存在だということで、優越感を満足させられ、さらにその新製品のデザインには自分が関与しているという誇りが加わります。このようにプライドがくすぐられると、金銭的には割りの合わない仕事でも、喜んで引き受けてしまうのが人間の常なのです。

同じような例は他にもあります。例えば、大学卒業後、研究室に残る人は一般企業に就職したクラスメートに比べて、収入は格段に少ないにも関わらず安月給に甘んじているのは、学問の世界をリードしているというプライドがあるからでしょう。

もちろん、何にプライドを感じるか、またそのプライドがいくらくらいの金銭的価値に換算されるかは、人によって異なります。ある人にとっては一文の値打もない勲章が、他の人にとっては勲章をもらうためなら多額の寄付をしてもいいほどの価値があることもあります。その場合の寄付金も、百万円以上なら勲章はあきらめるという人もいれば、数千万円でもいいという人も出てくるのです。
要するに、プライドなどというものに値段の基準があるわけがありません。プライドはプライスレスだからこそ、人はそれぞれの価値観に従って、ゼロから無限大までの値段をつけるのです。