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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

金持ちになりたい貧乏人ほど金持ちを馬鹿にする

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人気時代劇のひとつに「水戸黄門」があります。
ご存知のように、天下の副将軍水戸黄門が、助さん格さんをお伴に旅をして、行く先々で悪人を懲らしめるといったワンパターンのドラマです。
たいがい劇中で悪人になるのは、不思議にいつも権力をかさにきた悪代官や金持ちの悪徳商人たちで、貧しい庶民が悪役をやることはほとんどないようです。
暗黙のうちにも金持ちは悪、貧乏人は善といった図式があります。こうした図式のほうがウケがいいからです。古今東西の映画にしても演劇にしても、昔からこのパターンは基本的に変わらないようです。

しかし、現実の問題として本当に金持ちには腹黒く陰謀好きな悪人が多く、貧乏人には善良でお人好しの人が多いといえるのでしょうか。もちろんそんな単純な問題ではないですし、誰しも金持ちがみんな悪人であると本気で思っているわけではありません。

有名なイソップ童話のなかに「すっぱいぶどう」という話があります。ぶどう棚にぶどうがたわわに実っていて、キツネがこのうまそうなぶどうが食べたくて何度も飛び上がりますが、どうしても手に入れることができません。とうとうぶどうをあきらめたキツネは、最後に悔しそうにつぶやきます。「どうせあのぶどうは、すっぱいぶどうに違いない」

このキツネの「すっぱいぶどう」の心理は、金持ちを悪人に仕立てたい貧乏人の気持ちに相通じるものがあります。金持ちになりたいという欲望が強ければ強いほど、貧乏人にとどまっている自分としては、金持ちを「すっぱいぶどう」だと思い込みたいのです。

金持ちが高価な美術品でも買うと、どうせ成金趣味だとけなし、福祉関係に多額の寄付でもしようものなら、売名行為に利用しているとあげつらう。金持ちを悪く言わないことには自分の貧しさに対する欲求不満がおさまらないのです。

この「すっぱいぶどう」の背中合わせにある心理が「甘いレモン」の心理です。自分が手に入れたすっぱいはずのレモンを、あえて甘いものだと思い込んで満足感を得ようとする心理です。「人間は金を持つとろくなことはない」と言ったり、金を持たない人間のほうが立派な人間性を持っていると言って、貧乏の美点をあげるのは、いわば貧乏人にとっての「甘いレモン」なのです。金持ちを意識すればこそ、金持ちを馬鹿にします。ことさらに金持ちを悪く言う人の心には、つまりは金持ちになりたいという強い願望があるというわけです。