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クソログ

愛は、誰を救えるのだろうか?孤独という、あの深淵から……

なんだかんだで瞑想は大切って話

yaritakunai.hatenablog.com



「批評」と言われても、なあ。


人気云々で言えばこのクソログも大したことないので偉そうなことは言えないし。はてなブログの読者数は1000を超えてるけど、現在も読んでくれているアクティブな読者はたぶん20分の1もいません。この前書いた、「桃音さんの髪型が変わった・・」っていう記事なんてたった7つしかスターつかなかったしね。PVにしたってフォロワー数にしたって、インターネットにおける「評価」なんてうつろいやすく儚いものなんだよ。

一貫性がない(いろんなことに手を出している)ためリピーターが少ないと自己分析されてるみたいですが、それはあると思う。雑記系ブログはコアな読者が定着しにくい。読者にとって不要な情報は全てノイズだから。「自動車に関する情報を求めてるのにプログラミングの記事書かれても・・」みたいな。自動車に関するテーマでブログ書いてて「旅行」に関する記事を書くっていう関連性の見えるズラし方は有りだと思うけど。

雑記系のブログは書き手のキャラが立ってないとなかなか人気でない。独特な文体や視点があるとか。

でも、なんで人気ブログになりたいんだろ。お金でも承認欲求でもなくてPVが欲しいってことみたいだけど。でもPVってただの数字なわけじゃん。ただの数字で良いんなら別にブログじゃなくていいじゃんって俺は思っちゃう。自分にブログのセンス無いって自覚があるのに、なんでそのセンスが欠けている土俵で勝負しようとする必要があるのか。本当にPV(数字)だけが目的ならブログじゃなくてよくね?スパイダソリティアでもバイオハザード6マーセナリーズでも貯金額でもいいじゃん。数字が目的ならさ。

そうならないってことはやっぱり数字による「承認」なんじゃないの?。「評価」による承認なんじゃないの?「人気ブログ」という承認なんじゃないの?自分で自分の欲望がなんなのかわかってないんじゃないの?と感じた。もう一度自分の本当の欲望がなんなのか知る必要があるんじゃないんですか。
そのためにはやっぱり瞑想なんですよ。座禅ですよ。頭の中がガラクタまみれなわけですよ。自分が何に突き動かされているかわからないほどに。

まあ、俺は100万人のゴミどもからブログ読んでもらうよりも、たとえ月間30PVでも自分の愛するたった一人の人間からずっとブログ読んでもらえるほうがずっと嬉しいけどな。